粋

九平米を思い、机のまわりを手放す|21_21 DESIGN SIGHT「方丈記に学ぶ」

十月に入って、仕事机のまわりを少し片づけた。積んであった資料と、いつか使うつもりで取ってある文具の箱を、床に並べてみたのだ。並べてみると、私の仕事がごく狭い範囲で足りていることがよくわかる。机と椅子、手の届くところにある本棚。一日の大半はそこで過ぎていく。

それなのに、持ち物は部屋の広さを追い越す勢いで増えていく。住まいの大きさに合わせて持ち物を決めるのか、持ち物に合わせて住まいの大きさが決まっていくのか。片づけの手を止めて、そんなことをぼんやり考えていた。

そんなとき、21_21 DESIGN SIGHTで企画展「方丈記に学ぶ –生きるを編み直す小さな建築–」が開かれていると知った。公式ページを読み進めて、ひとつの文で手が止まった。

彼が暮らした庵は現存しませんが、その言葉は時代をこえて度あるごとによみがえり、多くの実践を生み出してきました。

——21_21 DESIGN SIGHT 公式「企画展『方丈記に学ぶ』」より

庵は残っていないのに、言葉は度あるごとによみがえるという。私には少し不思議で、同時に腑に落ちるようにも思えた。形のあるものを手放しても、問いは手元に残る。そういうことなのかもしれない。

公式の本文によれば、この展覧会は『方丈記』に記された小さな建築「方丈の庵」を起点に、現代の暮らしと構築環境を見つめ直すものだ。手がかりとされているのは、一丈四方、約9㎡というスケールである。九平米と聞いて、私は自分の部屋の中で、机と椅子と本棚が収まる一角を思い浮かべた。広いとは言えないが、そこで一日は足りている。だとすれば、残りの広さの多くは、私が持ち物を置くために使っているだけなのかもしれない。

本文には、素材、構造、道具を介して生き方を問い直す仕掛けを考える、ともある。「道具」の一語に、私の目はとまった。フリーランスの仕事は道具との付き合いだ。ノートパソコンと数冊のノートがあれば進む日が多いのに、予備や「念のため」の品を持ち続けている。その念のためが、どれだけの場所を取っているのか、数えたことはなかった。

会場には複数の庵が展示され、来場者は巡りながら、異なる視点で構成された庵に出会うのだという。建築家、デザイナー、美術家、企業など、参加者は多彩だ。どんな庵に出会うのだろう。行ってみたいと思う。九平米という広さを前にして、自分なら何を持ち込むのか。会場を歩きながら、それを考えてみたい。

まずは机の引き出しから、一年使っていないものを取り出してみようと思う。九平米の庵を想像するための、ささやかな練習として。手放すかどうかは急がず決める。残ったものが、私の暮らしの小さな建築の材料になるのかもしれない。

開催情報

出典:21_21 DESIGN SIGHT 公式「企画展『方丈記に学ぶ』」

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