教えることは、場をつくることだ|大阪日本民芸館「芹沢銈介と萠木会の作家たち」

秋になると、去年の講座を修了した受講生から、ときどきメッセージが届く。「あのとき教えてもらった書き方、まだ使っています」という一文に、こちらのほうが救われる気持ちになる。私が渡せたのは技術のほんの一部でしかないのに、それがその人の中でどう育っているのかは、もう私にはわからない。

講師という仕事を続けていて、いちばん難しいのは「教える」ことよりも「場をつくる」ことかもしれないと、最近よく思う。型を渡した瞬間から、それはもう自分のものではなくなる。先日も、ある受講生が私の添削とはまったく違う方向に文章を直してきて、少し驚いたことがあった。悪い意味ではなく、その人らしい言葉になっていた。

大阪日本民芸館の秋季特別展「芹沢銈介と萠木会の作家たち」の紹介文に、その場のつくり方の一つの形を見た気がした。

萠木会とは、芹沢とその門下たちによって結成された染色家の団体です。技術の研鑽や材料・販路の確保などを協働で行うため、戦後間もなく発足し、1946年には第1回展が開かれました。

——大阪日本民芸館「秋季特別展『芹沢銈介と萠木会の作家たち』のご案内」より

芹沢銈介は、型紙を用いた「型絵染」という染色技法で作品を生み出した染色家だ。紹介文には、芹沢が若い染色家たちの育成にも力を注ぎ、四本貴資や柚木沙弥郎といった弟子たちを育てたとある。だが萠木会という団体は、芹沢が一方的に型を授ける場ではなく、技術の研鑽や材料・販路の確保を弟子たちと共同で行うために発足した団体だという。教える人と教えられる人という一方通行の形ではなく、共に働く場を一緒に用意したということらしい。

私はこれまで、教えるとは自分のやり方を正確に渡すことだと思い込んでいた。だから受講生の文章が、添削した通りに直っていないと、少し不安になっていた。でも、それは順番が逆だったのかもしれない。渡した型を使って、その人たちが研鑽し合える場所を用意するところまでが、教えるという行為の続きなのだ。技術を教え終えた後にも、続きがある。

これからは、添削で「私ならこう書く」を伝えたあとに、もう一言だけ付け加えようと思う。「でも、あなたの言葉で書き直していい」と。そして、その言葉を持ち寄れる場所も、少しずつ用意していきたい。萠木会のように、大きな団体をつくることはできなくても、小さな持ち寄りの場ならつくれるかもしれない。

「芹沢銈介と萠木会の作家たち」は、大阪日本民芸館(大阪府吹田市・万博記念公園内)で2026年9月5日から12月15日まで開催されている。休館日は水曜日(9月23日は祝日のため開館、翌24日が休館)。10月25日には記念講演会「芹沢銈介の創造とその後継たちー恩師四本貴資先生を軸にー」も予定されている。詳細は大阪日本民芸館の公式サイトで確認できる。

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