夏じゅう着ていた麻のワンピースを、そろそろ仕舞う季節になった。涼しいから、洗うほどに柔らかくなるから——そんな理由だけを頼りに選んで、麻という繊維がどんな道のりを経てここにあるのか、考えたことはなかった。畳むときも適当に丸めて、来年また同じように広げるだけだった。
お盆で立ち寄った家で、麻の布巾が几帳面に四つ折りにされているのを見た。自分の畳み方の雑さに気づく。丁寧に扱う手つきというのは、意識していなければ自分の中で静かに途絶えてしまうものらしい。
そんな折、日本民藝協会の機関誌『民藝』8月号が「八重山上布」を特集していることを知った。琉球王国時代、八重山では人頭税として苧麻布を納め続けた歴史があるという。上布には型を捺す「捺染」と、糸を括ってから染める「括染」の2種類があり、後者は一度生産が途絶え、技術を伝える人もいなくなった。それを、日本民藝館の所蔵品をもとにした復元事業を通じて、新垣幸子氏という一人の作り手が結び直したのだと知って、手が止まった。
括染は一度生産が途絶え、技術伝承も断絶しましたが、日本民藝館所蔵品を中心とした復元事業を通じて新垣幸子氏が括染技術を復活させ
——日本民藝協会「『民藝』8月号(884号)「八重山上布」特集」より(日本民藝協会)
途絶えるという言葉には、どこか終わりの響きがある。けれど括染の場合、途絶えていたのは技術そのものではなく、それを手渡す人の連なりだったのだと思う。布の作り方自体は、遺された品の中に眠ったまま待っていた。誰かがその布をもう一度手に取り、糸を解くようにして読み直すまで。
考えてみれば、万葉集にもこんな歌がある。
春過ぎて夏来たるらし白栲の衣干したり天の香具山
——『万葉集』巻一・二八 持統天皇
白栲は麻や楮からつくった白い布のことだという。千三百年前も、人は夏の訪れを布の白さで知っていた。季節と布とが、こんなに近くにあった時代があったのだ。
私が畳み方を雑にしてしまうのも、季節ごとに仕舞う手順を省いてしまうのも、失われたのではなく、まだ手元にあるのに使っていないだけなのかもしれない。括染が途絶えたのではなく待っていたように、私の中の丁寧な手つきも、思い出しさえすればいつでも結び直せるところにあるのだろう。
今年の衣替えは、麻の服を一枚ずつ広げ、皺を伸ばしてから畳んでみようと思う。それだけのことだが、途絶えていた手つきを一つ、取り戻す時間になる気がしている。
参考
- 日本民藝協会『民藝』2026年8月号(884号)「八重山上布」特集(書籍版920円/電子版780円・いずれも税込) https://www.nihon-mingeikyoukai.jp/info/mag2608/
- 日本民藝館 特別展「創設九十年記念 琉球王国の染織 尚家関連品と護得久家伝来品」/会期:2026年8月22日(土)〜11月3日(火・祝)/会場:日本民藝館